コラム

第12回(最終回)「エモさを、大切に」

撮影/渡辺 悟

執筆/一般社団法人heARTfulnes for living協会
   代表理事 戸塚真理奈

 前回のコラムで、鈴木秀弘先生(ひで先生)よりご質問をお寄せいただきました。「互いに発し受け取るものを増幅・調音させ」や、「場を共にしながら一緒に練っていく」という感覚について、もう少し聞きたいとご関心をおもちいただいたのでした。

 これらは、ひで先生もおっしゃるとおり、波動を意識した上で表現した言葉です。マインドフルネスを実践する中で自身の視野が大きく変容し、過去には相手の言葉や動き、つまり表面に現れている事象だけに気を取られていたのが、今日の、相手の、佇まいや呼吸のリズム(呼吸の深さや話す時の間隔など)、体から発せられている空気の感覚に心の目が行くようになったように思います。感覚的には、「視力」を減らして「聴力」を上げることで、そういった空気の感覚は感じることができるように感じます。というわけで、「増幅、調音」という音の世界の言葉で表現した次第です。

 「場を共にして一緒に練る」とは、これも感覚的な話ですが、一緒にいる場で異質なもの同士をぶつかり合わせるのではなく、粒々が擦り合わされて混ざった状態にすること、それが居心地良いものになるよう調整していく作業です。前号コラムでひで先生がご紹介くださったプールでのひとときがまさにその状況を表しているように思います。最初は雑然と各々が盛り上がっているところに、お手手をつないで泳ぎを披露する人たちが現れ、その様子にほかの人たちもつられてやってみながら、今度はほかのことを試す人も現れて、流れるプールが最後に生まれ……それこそがプールという皆が水を共有する「場」に小さな人たちが思いのとおりに持ち寄り、混ぜ合わせ、一つの流れに乗ることの愉快さや心地よさを個々が味わったという出来事なのでしょうね。

 さて、昨年ある講座で棒を使ったダンスワークを体験しました。それは向かい合う二人が両手をつなぐ代わりに2本の棒(スティック)を接点としてつながるもので、コンテンポラリーダンスのように、音楽に合わせ「即興で」動いていきます。ルールはただ一つ、互いの手のひら同士だけで支え合っている棒を落とさないようにすること。これがなかなか難しいのです。自分が行きたい方向に向かって押して行こうと手の力を入れると相手が棒を押す力と拮抗し、手のひらが痛い上に体の動きが止まってしまい、逆に行きたい方向に引っ張っていこうと(相手が押し返してついてくるだろうとの期待から)自身の力を大きく抜くと、今度は相手がついてこられず棒は地面に落ちてしまいます。二人ともが余計な力を抜き、互いに手に意識を向かせ、「1ではなく0.5の意識」で力の強弱と方向性を押し計りながら向き合うと、一曲全編、不思議と棒は落ちることなく、自身と相手はそれぞれが自律的に思い思い動きながら、音楽を味わい、ダンスを楽しむことができるのです。

 このダンスの学びから、職場や家族といったつながりにおいても、同じようなコツがあるのだろうと考察しています。各々が自身の好き(”Like”や“Want”)を大切にして動くけれど、つながりや場のだれかの存在感に意識を向けることを同時に行うこと。そうすると、細胞レベルで波長を合わせることができ互いに溶け合って、一体であることを感じること=調音が行われるのです。このコラムを今お読みいただいている先生方にも、ぜひまずはペアから、そして体で乗る感覚を掴めたら3人、4人と増やしていくとおもしろいですのでお試しいただきたいと思います。

 個人的な経験から、ダンスではないシーンにおいて、調音や場を共にして練っていくことがなされるのは、特に「脳ではなく、腹の話」を輪の中でする時と感じています。腹の話をする時、腹で受け止めることができます。しかしながら、保育の現場で腹の話をじっくりともつのは物理的に難しいかもしれないですね。だからこそ、「腹の話のための時間」を意識的かつ定期的に確保するタイムマネジメントが肝要なのだろうと思います。

 以上のところは感覚的な話です。このコラムをお読みくださっている方々に、感性で受け取っていただくと、きっとおわかりいただけると信じています。

 昨今、若い世代は感じることを「エモい」と表現しています。これは、感情が揺れ動くことや憂い・懐かしさを感じることなど、様々な気持ちの色味を一言で表していて、単にボキャブラリーが貧困なのだと言う向きもありそうですが、実のところは、感情が動くさまを日常から捉えることができているとも言えると思います。内側に起こる心の動きに気付き、周りにもつぶやくこともセットに行っている、そんな彼らから、気持ちに気付き、発信することが文化として浸透していっているのだと願いつつ、好意的に受けとめています。エモいこと=「じわっとくる、なんとなく」のものです。デジタル社会では急ぎすぎて、本物の深い感動を受けることは容易ではないですが、少なくともエモさを感じるモーメントはたくさんあります。こういう世代の人生にも、多くの深い感動がマインドフルネスにより届けられる潜在的可能性があるように感じます。

 話は変わりますが、ひで先生のお計らいで昨秋はわこう村の保護者の方々にも講座をお届けする機会をいただきました。家族のため、を最優先し自分を追い込んでしまっていたということに気付き、もっと自分を大切にして過ごしていきたいと感じたお母さま方がおられました。そして、ご夫妻がペアで参加され、互いの気持ちをきちんと話す中でご主人が涙を見せ、「こういう(彼女との気持ちを伝え合う)ことを独身時代はもっとやっていたのに……もっとこういう時間を大切にして彼女の気持ちを知りたいし、自分も伝えたい」とシェアをされた時間となりました。感性が眠ってしまっていたことに気付かれた方もいました。今までは感じることがあったとしても口に出すことはできない、やってはいけないと思ってきていたのを、やっていいんだ、それはすてきなことなのだと思っていただくことができました。

 心の中の「エモさ」に気付き、それを周囲に伝えることが世の中で増えていくと、頭で考えることではなく心で感じることがさらに私たちの日常に広く浸透していくと思います。集合意識を変える意味でも、私たち一人ひとりのエモさを大事にしていく必要があると思っています。だれでも「自分の、感じる」を大切にすることでしか、生きる喜びや意味を受け取ることはできません。感じることを放ったらかしにしないでいただきたいと切に願っています。

 そういう生きる喜びを一人ひとりが感じられるように、この講座をつくっています。これを続けるのをこれからも私自身大切にしたいと願うばかりです。

 みんなのために、と場を設け、いつも誠実さや真摯さをもって迎えてくださったひで先生には感謝の言葉を尽くせません。誠実なひで先生と周囲の先生方だからこそ、日々ご自身や周囲に悩みが起きていることから目を背けず、正面から学び、私にフィードバックを寄せながら実践して来られているのだと思います。そのフィードバックは非常に深い目線に基づいていて、実践しては何かしらの示唆が現場で現れていることをご報告いただいてきました。私こそ、先生方と伴走させていただくことがとてもありがたく、光栄に感じる時間でした。そして拙著の内容を保育現場に届ける複数回の講座を企画し、ひで先生方にお引き合わせくださった『保育ナビ』N編集長のお気持ちにも、心より感謝をお伝えします。

 このお二人も顕在していない(見えない)世界の感覚をとても大切にされていて、そんな彼らとの打ち合わせの時間は感覚で話し合う格好となり、スピード感と軽やかさをもって展開していきました。その作戦会議の時間も、とても充足する時間であったことを書き添えたいと思います。

 ひで先生のコラムと違って、私のパートのほうは保育の実践現場の様子を交えていないコンセプチュアルな傾向となりました。ですので皆さまに、感じること、そして仲間内の「腹での」伝え合いを大切にすることを思い出すために、『保育ナビ』2021年5月号、8月号、11月号、2022年2月号に連載されている各種ワークをぜひ実践してみていただきたく思います。ワークの中には、体で感じ、「エモい」気持ちになられるものがきっとあると信じています。長きにわたりお読みいただき、ありがとうございました。

※2022年2月号のワークは、保育ナビ公式YouTubeに動画もございますので、ぜひご活用ください。

2022年2月号-1 「ご縁を集める」

2022年2月号-2 「みんなのために祈る」

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