コラム

保育新時代を読む!     トピック&解説  第3回

監修/桑戸真二  解説/小出正治

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■ 第3回 起きた事象やその要因の「本質」を、組織全体で考えることの大切さ

~『保育ナビ』誌面から~

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◆けが・ヒヤリハットの事例を組織的な学びに活かしている園は少ない

『保育ナビ』8月号で、掛札逸美氏がけがや、ヒヤリハットを活かした園内研修について執筆されています。第三者評価機関として様々な施設をお訪ねしていますが、けが・ヒヤリハットの原因究明と対策検討を組織的に行っているケースは、特に重要なものについてのみ事例検討として行っていたり、毎月の職員会議に事故報告・ヒヤリハット報告といった時間を設け、どちらかといえば探究や思索を深めることより、情報共有を主眼として実施したりする程度で、氏の提案する園内研修のような形で計画的に、かつ「考慮する内容例」のように視点を定めて行っている園は、私の知る限りほとんどありません。

◆職員によってまちまちな「ヒヤリ」「ハッと」の感覚。掘り起こし、共有するには

またヒヤリハットを文字通り「ヒヤリとした」「ハッとした」、つまり「幸い事故やけがには至らなかったが、その原因となりうる危険」ではなく、「受診・治療を要しなかった軽微なけが」として分類し、記録や考察もその基準で行っている園がいまだに多くあります。この場合、「事故報告書」として記録される受診・治療レベルのけがとともに、「すでに起きてしまったこと」の集積と原因究明は行えますが、その前段階としての「起きなくて済んだ」事象については、それに関かかわった職員の「危なかった」「まずかった」という記憶のみにとどまり、組織として共有されないままです。それは言い換えれば、同様の事象の再発を防ぐための検討がなされず、潜在的なリスクが放置されたままの状態であるということです。

さらに、これは虐待の発見などについても言えることですが、同じ事象に対して「ヒヤリと」「ハッと」できるかどうかの感性は、職員によってまちまちです。ということは、全職員が心得ておくべき事故・けがの芽が、気づかれることなく見過ごされている場合もあるかもしれないのです。危険に対するアンテナの感度を組織全体で高め、けがや事故を未然に防ぐためには、感度の高い職員の気づきによって、そうでない職員の感度を引き上げていく必要があります。本来の意味でのヒヤリハットの掘り起こしと共有は、その面でも有効な方策であると言えるでしょう。園によっては、ヒヤリハットを子どものけがの要因のみにとどめず、例えばアレルギー対応食の提供ミスや個人情報の漏洩など、リスクの範囲をより広く捉え、原因と再発防止策の検討を行っていることもあります。

◆「適切」「不適切」の「線引き」は園で一致しているか? 組織全体ですべきこととは

また「適切」「不適切」の「線引き」を、自園の保育に照らして園全体で考えていく、という「研修2(全体研修)」の着想は、安全面のみならず、例えば保育者の子どもに対する接し方、性差やプライバシーへの配慮のあり方といったテーマについても、同様に視点として用いることができるものだと思います。これらはいずれも、ともすれば対応が職員各人の「良識」「常識」に委ねられがちですが、その「良識」「常識」は人によってそれぞれ大きく異なるものですから、園としての方針を明確にし、それを組織全体で共有しておく必要があるのです。特に子どもへの言動については、近年の人権に対する考え方の変化に伴い、社会通念や保育・教育行政の方針も大きく変わっていますが、それに自覚的でない職員が、虐待とみなされかねない接遇を現場で無自覚にしてしまっていることも少なくありません。

第三者評価の訪問先で園長先生から「あの先生には何度も言っているのだが……」と悩みを吐露されることもしばしばですが、「言ってはいけない」「してはいけない」言動を示すだけでは、そもそもなぜそれが望ましくないのかという基本的な理解がなされず、子どもの心情や尊厳への配慮を欠いた言動が別の場面でまた発せられるかもしれません。保育理念に謳う「一人ひとりの子どもを大切にする」とはどういうことか、園の倫理規程やマニュアルに書かれている「子どもの人権に配慮する」とは、自園の日々の保育実践に当てはめて考えれば具体的にどうすることなのかといった、掛札氏の言葉をお借りすれば「本質に迫る」ための話し合いを重ね、保育観・子ども観や園の目指す保育の姿などについて、認識を組織全体ですり合わせ、深めていくことが、まずは求められるのではないかと思います。

こうした取り組みが園の理念・方針への再理解、ひいては提供する保育の質の充実へとつながっていくのではないでしょうか。

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監修:桑戸真二・プロフィール:(株)福祉総研代表取締役。(株)フレーベル館保育経営アドバイザー。幼稚園・保育園から認定こども園への移行に関するコンサルティングなどを多数手がける。関係省庁・団体とのつながりも深い。

解説:小出正治・プロフィール:上記法人にて、保育・教育施設の第三者評価や事業者ネットワーク「保育所サポートデスク」の運営に従事。自治体の研修講師受託、書籍の共著・編集協力なども手がけている。

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