コラム

第6回コラム 象は鼻が長い

 

執筆/首藤久義
プロフィール:千葉大学名誉教授。『はじめてつかう漢字字典』の編著者。

 

 

つぎの3種類(しゅるい)の古代文字(こだいもじ)を見てください。
象(ぞう)をあらわす古代文字があります。どれでしょう?

 

ヒントは、長い鼻(はな)です。

 

 

見つかりましたか?
そうです。1番左の文字です。
この古代文字が、だんだん変化して、今の形「象」になりました。
 

 

今の漢字「象」の中のてっぺんにある片仮名の「ク」のような形は、もともとは、象(ぞう)の長い鼻(はな)をあらわしていたようですね。

ここで言う「古代文字」とは、大昔(おおむかし)に書かれていた文字というような意味ですが、くわしくは、末尾(まつび)の【補注1】をごらんください。

 

①「象」は「しょう」と読まれる場合もある

気象予報士(きしょうよほうし)

第一印象(いんしょう)

象形文字(しょうけいもじ)

などにも「象」という漢字が使われています。これら「象」はどれも、「ぞう」ではなくて「しょう」と読まれます。

象形文字(しょうけいもじ)については、末尾(まつび)の付録(ふろく)で説明(せつめい)していますので、興味(きょうみ)のある方(かた)はごらんください。

 

②「象」に「にんべん」をつけると

「象」に「にんべん」をつけると、

像(ぞう)

という漢字になります。
読み方(よみかた)は、動物(どうぶつ)の「象(ぞう)」と同じです。
意味(いみ)は、「すがた・かたち」というような意味です。
「像」という漢字がつかわれる語(ご)には、次のようなものがあります。

映像(えいぞう) 
自画像(じがぞう) 
肖像(しょうぞう) 
銅像(どうぞう) 
仏像(ぶつぞう)

 

 

次の古代文字を見てください。

りっぱな角(つの)がある動物(どうぶつ)のようですね。
りっぱな角(つの)がある動物と言えば……、

そうです。鹿(しか)ですね。
この古代文字が、だんだん変化(へんか)して、今の漢字「鹿」になりました。

このように並(なら)べると、見えてくるものがあります。
今の漢字「鹿」の下のほうにある「比(ひ)」という形(かたち)のもとの形は、なにをあらわしていたでしょうか?
私(わたし)には、鹿の足をあらわしていたように見えます。

 

①「鹿」がつく県(けん)は?

日本の県(けん)には、「鹿」という漢字が使(つか)われる県名(けんめい)が1つあります。
どの県でしょうか?
答(こたえ)は、

鹿児島県(かごしまけん)

です。
この「鹿」の読み方は「か」です。
ほかにも、動物の名前の漢字が使われる県名があります。
どの県でしょう?
答(こたえ)は、

熊本県(くまもとけん)

群馬県(ぐんまけん)

鳥取県(とっとりけん)

 

です。それぞれ、「熊(くま)」「馬(うま)」「鳥(とり)」が使われていますね。「鳥取県」の「鳥」は、「とり」ではなくて、「とっ」と読まれていますね。

 

②鹿に林をつけるとなんになる?

漢字の「鹿」の上に、漢字の「林」をつけると、

麓(ふもと)

という漢字になります。
同じ意味をあらわす語に、「山麓(さんろく)」という語がありますが、この場合の「麓」は「ろく」と読まれます。

 

③麗(れい)にも鹿が

綺麗(きれい) 華麗(かれい)

などの語(ご)の、

麗(れい)

の中にも「鹿」という漢字が使(つか)われています。
「麗(れい)」には、「うるわしい(麗しい)」「うららか(麗らか)」というような意味(いみ)があるためか、

麗子(れいこ) 麗佳(れいか) 
麗花(れいか) 麗香(れいか)

というように、名前(なまえ)に使(つか)われることが多いようです。

 

④鹿の部首(ぶしゅ)は?

「鹿」という漢字の部品(ぶひん:パーツ)には、「广(まだれ)」「比(ひ)」などがありますが、漢字「鹿」の部首(ぶしゅ)は、そのどちらでもありません。
通常(つうじょう)の漢和辞典(かんわじてん)を見ると、漢字「鹿(しか)」の部首は「鹿」ということになっています。「鹿」という形がある漢字(麓・麗・麒・麟など)が並(なら)んだ部の先頭(せんとう)に、つまり部首(ぶしゅ)に、「鹿」が置(おか)かれているからです。
が、多くの部首索引(ぶしゅさくいん)では、この漢字の中の目立つ部品(ぶひん)「まだれ(广)」の部からもでも「鹿」という漢字を引くことができるようになっています。便利(べんり)ですね。

 

次の古代文字は、何の動物(どうぶつ)に見えますか?

この古代文字は馬をあらわしています。
馬には、くびの背側(せがわ)から背中にかけてにたてがみがありますが、古代文字では、そのたてがみが3本の線であらわされていますね。顔(かお)が長いのも馬の特徴(とくちょう)の一つですが、その特徴も古代文字にあらわれていますね。

馬をあらわす古代文字が、だんだん変化して、今の漢字「馬」になりました。

今の漢字「馬」にも、馬のたてがみのなごりがあるように、私には見えます。下の方にある4つの点は、私には、4本の足をあらわしているように見えます。

 

①「馬」の筆順

ここでは、漢字「馬」の筆順(ひつじゅん:「書き順」ともいう)について考えましょう。漢字は、左上の点画(てんかく:漢字の点や線)から書き始めることが多いです。
では、「馬」の場合はどうでしょう?「馬」には、左上すみから書き始める線が2つあります。1つは縦線(たてせん)。もう一つは横線(よこせん)ですね。
私は、次のような順番で書いています。

この順番で書くのが、今では標準的な筆順(学校で指導することになっている筆順)とされています。
では、これ以外の筆順は誤りなのでしょうか?
例(たと)えば、

は誤りでしょうか?
誤りではありません。というのが答えです。
その理由は、標準的な筆順以外の筆順も誤りではないとされているからです。くわしくは、【補注2】をごらんください。
「馬」の筆順には、ほかにも、

 

など、いろいろあります。
あなたはどの筆順を選びますか?

 

②馬から落ちて落馬する

馬(うま)に乗(の)って乗馬(じょうば)して、馬から落(お)ちて落馬(らくば)する。

これは、同じ意味(いみ)の言葉(ことば)をくりかえして遊(あそ)ぶ言葉遊び(ことばあそび)です。ここには、漢字「馬」の音訓(おんくん)だけでなく、「乗」と「落」の音訓もふくまれています。

 

③馬という漢字を含む言葉

次の言葉(ことば)には、どれにも「馬」という漢字が含まれています。見つかりますか?

馬小屋(うまごや) 馬乗り(うまのり) 乗馬(じょうば) 竹馬(たけうま) 白馬(はくば) 馬車(ばしゃ) 絵馬(えま)

馬が合う  馬耳東風(ばじとうふう)  馬の耳に念仏(ねんぶつ)  馬脚(ばきゃく)をあらわす  竹馬(ちくば)の友

「馬が合う」は「気が合うこと」をあらわします。
「馬耳東風(ばじとうふう)」は「忠告(ちゅうこく)などを聞き流して気にとめないこと」をあらわします。
「馬の耳に念仏(ねんぶつ)」は「ありがたい教えを理解できないこと」をあらわします。
「馬脚(ばきゃく)をあらわす」は「化けの皮(かわ)がはがれて正体(しょうたい)がばれること」をあらわします。
「竹馬(ちくば)の友」は「子供のころからの友達(ともだち)」をあらわします。

 

④「馬」を含む漢字いろいろ

駅(えき)

という漢字にの中に「馬」という漢字があります。見つかりますか?
漢字「駅」は電車の発着所をあらわしますが、その漢字になぜ「馬」があるのでしょうか? そのわけは、大昔の駅は、馬や馬車が荷物や人を乗せて発着するところだったからだろう、と、私は考えています。
漢字の「馬」を含む漢字は、ほかにも、

驚く(おどろく)の「驚」

騒ぐ(さわぐ)の「騒」

実験(じっけん)の「験」

無駄(むだ)の「駄」

駐車場(ちゅうしゃじょう)の「駐」

駆除(駆除)・疾駆(しっく)の「駆」

将棋(しょうぎ)の駒(こま)の「駒」

 

などがあります。これらの中のどこに馬があるか、見つかりますか?

 

【付録】象形文字について

漢字「象」「鹿」「馬」などは、それぞれ、次のような古代文字がもとになってできた漢字です。

このように、物の形や姿をあらわした文字は、「象形文字(しょうけいもじ)」と呼ばれます。
象形文字には、ほかにも、

日 月 山 川 口 目 耳 子 木 魚 亀 鳥

など、いろいろな漢字があります。
これらの漢字のもとになった古代文字を見ると、まるで絵(え)を見るようで、おもしろいですよ。

 

【補注1】古代文字について

このコラムであつかう古代文字には、「甲骨文字(こうこつもじ)」「金文(きんぶん)」「篆書(てんしょ)」などがふくまれています。
甲骨文字は、動物の骨(ほね)や亀(かめ)の甲羅(こうら)にきざまれたもので、「甲骨文(こうこつぶん)」とも呼ばれます。中国の殷代(いんだい)に書かれました。
金文は、青銅器(せいどうき)にしるされた文字で、甲骨文と同時代あるいはそれよりあとに書かれました。
これまで発掘(はっくつ)された甲骨文字と金文の古いものは、今から3千年以上前のものと考えられています。
「篆書(てんしょ)」は、甲骨文字や金文よりもずいぶんあと、紀元前(きげんぜん)221年に中国を統一(とういつ)した秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の命令(めいれい)によって整理(せいり)された書体(しょたい)だと考えられています。篆書は「篆文(てんぶん)」「小篆(しょうてん)」とも呼ばれます。
「甲骨文」「金文」「篆文」などと言う場合の「文(ぶん)」の意味は、文章(ぶんしょう)という意味(いみ)ではなく、文字あるいは模様(もよう)という意味です。

 

【補注2】標準的な筆順について

1958年に文部省(文科省の前身)が出した『筆順指導の手びき』には、ここで示した筆順以外の筆順を誤りとするものではない、という趣旨のことが明示されています。

<次回も漢字が楽しくなるコラムをお届けします! お楽しみに>

 

 

 

今回も首藤先生のコラム、とても勉強になりましたね。コラムの中に出てきたいろいろなお話は、『はじめてつかう漢字字典』にも書かれていますよ。その一部をご紹介しますね。

『はじめてつかう漢字字典』の2年生で習う漢字のページです。
コラムに出てきた「馬」という漢字がありますね。

 

コラムに古代文字のことが出てきました。拡大してみましょう。漢字字典では「なりたち」のパーツに書かれていますよ。

 

コラムには、いろいろな筆順のことも出てきましたね。
漢字字典ではここに書かれていて、筆順が一通りではないことがわかります。一緒に「馬」は「10画」ということもわかりますね。

 

漢字の使い方と楽しい「オンくんあそび」は、ここに書かれていますよ。

いろいろな使い方がありますね。自分で「オンくんあそび」をつくってみるのもおもしろそうですね。例えば……

馬がたくさんですね! 
皆さんもぜひ、漢字字典を使って遊んでみてくださいね。

 

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監修/村石昭三(国立国語研究所 名誉所員)
編著/首藤久義(千葉大学 名誉教授)

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